今月2冊目。
『テクノロジカル・リパブリック 国家、軍事力、テクノロジーの未来』
世界的に流行っているらしいので読んで見た。
誰にも勧めません。
怖いモノ見たさでどうぞ。
著者はパランティア・テクノロジーズのCEO、アレックス・カープ。
CIAやアメリカ国防総省と組んで仕事をしているパランティアです。
何かと批判されがちですね。
イーロン・マスク万歳
アメリカの技術~~~
これからの技術の在り方ぁ~~~
的な本だと思って読み始めたら、
ガチの人文学系の本でした。
人文学者が筋トレするとこうなるのかな?
みたいな本。
個人的にオモシロいと感じた点をいつくか。
サイードをディスりまくる軍事テックCEO
エドワード・サイードがディスられまくっているところは、おもしろかった。
サイードといえば『オリエンタリズム』。
大学入試現代文の頻出テーマでもあります。
「西洋が東洋を語るとき、そこには西洋の勝手なイメージの押しつけがある」
カープの言い分を私なりに翻訳すると、こうなります。
俺は国家のために働いてんだぜ?
オメーラ何やってんの?
サイードさんがオリエンタリズムとか言い出した瞬間に、みんなビビってしまった。
西洋の価値を肯定的に語ること自体がタブーになった。
「正しさ」みたいなものにビビってしまった。
いやサイードさんはすごいっすよ?
でもさ。
「AIを人殺しに使うべきじゃない」?
何言ってんの?
俺たち以外がやらなきゃ、誰かがやるんだぜ?
俺たちアメリカだぜ?
アメリカじゃなければならないだろ?
アメリカ人の平和を誰が守るんだ?
・・・・
と、全編このテンションでスゲー怒っています。
とにかく怒っています。
ひよってんじゃね~と怒っています。
覚悟決めちゃった感があります。
欧米かっ!
とツッコミたくなるほどの欧米価値観。
これがアメリカでベストセラーになっちゃうかー、というのが率直な感想です。
興味深い。
「失われたアメリカ」とは何か
一回読んだだけでは分からなかったのが、この本の芯にある「失われたアメリカ」でした。
70年代の古き良きアメリカ万歳、とは違うらしい。
アメリカの映画で必ずと言っていいほど描かれる「古き良きアメリカ」とは違うらしい。
じゃあ何を失ったのか。
何が失われたのかについては明確には描かれていない気もするのですが、
カープが失われたと言っているのは、特定の時代の風景ではなく、国家と技術者と知識人が、共通の目的を信じて一緒に働くという構え
だと思われます。
念頭にあるのはマンハッタン計画やアポロ計画の時代なのだろうと思われます。
オッペンハイマーの名前が熱っぽく語られるのはそのためです。
当時の最優秀の科学者たちは、国家的プロジェクトに人生を賭けることが当然でした。
ところが現代のシリコンバレーはどうか。
インターネットもGPSも、
もとを辿れば国家の投資から生まれたのに、
(いや、ほんとか?)
(確かに、アナタが出しているデータは正しいのだろうけど。)
その恩恵を広告アプリとフードデリバリーの最適化に注ぎ込んでいる。
(アマゾンやYoutubeをディスっていました。)
技術力はある。
でも、その技術を「何のために使うか」という信念を失った。
原題の副題は “Hard Power, Soft Belief”。
だから、
興味があるから作りました~~
じゃダメなんだよ!という話でもあるのですが、正確には「個人の哲学を持て」ですらなく、「お前の技術がどの共同体に奉仕するのか引き受けろ」という話でした。
20年ほど前は、
市民社会や企業は国民国家を超えるのか?
国民国家を超える存在としての企業!
みたいな話でざわついていたのに、
凄いですよね。
国民国家を大切にしろっ
って正面切っていえる勇気が凄い。
この本が賛否両論になっている理由なのだと思います。
リベラルへの説教
カープはリベラル側にもぶちギレています。
リベラルの定義は結構厳密に書かれている気がするので、単純なリベラルという扱いだとちょっと怖いです。
うまく説明できません。
だから本書を読んで見てください😢
多文化主義とか中途半端なこと言ってるから、
頭いい人たちが何も言えなくなって、
アメリカがしょぼくなったんだよ?
ひよってんじゃねー。
議論しようぜ。
ということらしい。
たぶん。
「すべての文化が等しく尊い」と言った瞬間に、どの文化にもコミットしなくてよくなる。
批判はできるが、何かを信じることはできない。
そういう知識人のあり方への怒りです。
途中でマイケル・サンデルも出てきます。
私はサンデルを真面目に読んだことがないので何を言っているのか分かりません。
たぶん
『実力も運のうち』の文脈のようです。
能力主義は、成功者に「自分の実力だ」という傲慢を、脱落者に「自分のせいだ」という屈辱を与えて社会を分断する、という議論があります。
カープはこれを「賢いくせに公共への義務を果たさないテック・エリート」を叩く棒として使っていたのかな?
公共とは何か笑?
人文学者が筋トレするとこうなる?
気になって調べました。
カープはフランクフルト大学で社会理論の博士号を取った人です。
理系出身ではないのですね?
科学技術企業の社長は、科学技術に詳しい人が、財務を勉強して務めるべきだとはよく言われていますが、
バチバチの人文学でした。
サイードへのディスり方が妙に正確っぽいのは、バチバチの人文学勉強勢だからでした。
人文学者が筋トレするとこうなる、
は文字通りだったわけです。
体育会系っ(´゚д゚`)
塾長として、(書くならば💦
先日『東京おしゃれ魔女ありす』で、「ありのままでいい」というお説教の空虚さと、それでも自分の基準を引き受けることについて書きました。
批判と相対化の時代(いわゆるポストモダン)のあとで、人は何を信じ、何を引き受けるのか。
児童文学のありすは「大きな物語は戻さない。ただし自分の基準は引き受ける」と、個人のレベルで答えました。
軍事テックCEOのカープは「国家」という一番大きな物語を丸ごと復活させろ、と答えました。
同じ地殻変動が、片や児童書、片やベストセラーの国家論として噴き出している。
2020年代って、そういう時代なのだと思います。
(どういう?)
(いや、世界を語れるほど勉強していません)
(すいません)
サイード、オリエンタリズム、多文化主義、能力主義。
大学入試現代文の頻出テーマのオンパレードでもあります。
賛成するかどうかは別として
(私は「欧米かっ!」と言い続けながら読みました)、
「批判される側の言い分」をここまで本気で書いた本はなかなかありません。
もっかい読もうっと。
私としては、
体育会系いかり爆発やる気勢のエネルギーは感じ取ってしまいました。







