今日は、友田とんさんの著書、
「手に負えないを編みなおす」
について長く話していこうかな
と思います。
何か書いておこうと思ったのであります。
最初にお伝えいたしますと、誰かに読んで欲しい本にはなりません。
友田とんさんを知ったのは、鳥羽和久さんか千葉雅也さんのスペース(X)だったように思います。
話し方やスペース上で大学生の質問に答える声を拝聴して、
何か気になって
調べて、
見つけた本が「手に負えないを編みなおす」だったというだけであります。
友田とんさん
作家・編集者。
慶應義塾大学経済学部を卒業後、
同大学大学院理工学研究科の博士課程を修了した博士(理学)という、
文系→理系という珍しい経歴の持ち主。
大学院では数学(トポロジー)を研究し、その後IT企業で研究開発の仕事をしていました。
2018年。
会社員のかたわら自主制作した『『百年の孤独』を代わりに読む』を、全国の本屋さんへ自ら営業して回ったことをきっかけに、
ひとり出版社「代わりに読む人」を立ち上げ、
のちに独立します。
なお同書は2024年に早川書房から文庫化されており、自主制作本としては異例の展開です。
手に負えないを編みなおす
「手に負えないを編みなおす」は、
友田さんが、十年近く前に「地下鉄の漏水対策」に心を奪われたことから始まる、極私的なフィールドワークの記録とエッセイ。
ということになります。
舞台は東京。
駅ごとに違う素材で水の逃げ道が作られていたり、謎のアルファベットが手書きされたテープが貼られていたり、やがてそれがフォーマット化されたステッカーに進化していたりと、誰も気に留めない地下鉄の壁の手当てを、友田さんは細かく観察し続けます。
なぜ「地下鉄の漏水対策」気になっているのか、
それは友田さん自身も分からないそうです。
なぜ誰かに勧める気にならないのか。
前半部分が退屈なのです。
地下鉄の漏水部分の違いを写真を使って説明されていたりします。
ふむ。
確かに。
違う。
だから何?
その繰り返しです。
新幹線で読んでいたせいか、
眠気に襲われ、
どこを読んでいるのか、
わからなくもなりました。
普通なら、
「ツマラナイ本と出合ってしまった」と読むのを辞めるのが私です。
「読書の在り方」として、私はそれでも良いと思っております。
えらそうにちょこちょこ本を買ってはおりますが、
ツマラナイと思って途中で読むのを辞めた本もそこそこあります。
でも、
今回は、
耐えました。
あの友田さんの雰囲気。
さらには、タイトル「編みなおす」に惹かれて買った私。
何かある気がして耐えました。
耐えてみて、
自然も人工物も人間関係も「手に負えない」ことだらけな訳ですが、
自分1人ではどうしようもないことだったり、
想定していなかったことはたくさんあるわけですが、
「手に負えないもの」に、自然に対して感じるような美しさは見出せなくても、可笑しさは見出せるかもしれない。
周然にも自分が可笑しさを見出した手に負えないものを、手に負えないままに引き受けて身の周りにレイアウトしていくのだ。
可笑しささえ見出していれば、それらとともに暮らしていくことができる。
もちろん、手に負えないものの中からも、また新たに手に負えないものは現れてくるだろう。
手に負えないものは尽きることがない。
けれど、そうだとするならば、私はその都度、そこに可笑しさを見つけることで、絶えず関係を編みなおし、自らを変容させていく。それはほとんどこの世界で生きていくことそのもののようだ
P234より
とおっしゃる部分に嬉しくなりました。
だからなんだ?
といわれれば困るのですが、
手に負えないモノへ取り組む過程を、(つまらないといってごめんなさい)見せられていたということであります。
ドラマや小説なら許されない暴挙で在ります。
事件も起こらないし
救世主も出ませんからね。
日常のツマラナイものに、なぜだか知らない面白さを見出し、なんか考えたくなる、行動したくなる。
そういう姿勢は大切にしたいなと改めて思ったのでした。
一方で、
新幹線で読みながら、
Xの話しぶりから、
「この本は何か面白さを与えてくれる」
と期待している私に
最後に気が付いて、
少し凹んだのであります笑
ちゃんちゃん。
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