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現代文あるあるー入試でよく出るテーマを整理してみたー

現代文あるある 近代とは何か?現代文あるある

現代文は苦手という生徒が多い科目です。

「何を言っているのか分からない」
「文章は読めるけど問題が解けない」
「結局センスなのでは?」

そう感じたことがある人も多いと思います。

しかし実は、現代文の評論文にはある特徴があります。

それは

扱われるテーマが、ある程度決まっている

ということです。

大学入試でも高校入試でも、評論文で語られる内容は、だいたい次のようなテーマに集まっていきます。

  • 個人と社会
  • 人間と自然
  • 言語と世界
  • 芸術
  • 近代社会

つまり

テーマを知るだけで文章がかなり読みやすくなる

のです。

現代文が難しいと感じる理由の一つは、
この「背景となるテーマ」を知らないまま文章を読んでいることかもしれません。

このシリーズでは、入試でよく扱われるテーマを

「現代文あるある」

として整理していきます。


現代文あるあるシリーズ

① 個人と共同体ー近代とは何か?ー

近代社会では「個人」が重視されます。

しかし人間は完全に一人で生きることはできません。

社会や共同体の中で生きています。

現代文では

  • 個人
  • 社会
  • 共同体
  • 孤独

といった問題がよく登場します。


② 自然と人間

近代科学の発展によって、人間は自然を

理解し、分析し、利用する対象

として見るようになりました。

この考え方は

  • 人間中心主義
  • 科学
  • 環境問題

などのテーマにつながります。


③ 言語と世界

私たちは当たり前のように言葉を使っています。

しかし

言語は世界の見え方を作っている

という考え方があります。

言葉が違えば、世界の理解の仕方も変わります。

このテーマは構造主義とも関係しています。


④ 芸術とは何か

芸術作品の意味は、作品そのものの中に固定されているわけではありません。

誰が見るのか
どんな社会で見るのか
どんな文脈で語られるのか

によって意味は変わります。

つまり

意味は関係の中で生まれる

という考え方です。


⑤ 身体論

人間は理性だけで世界を理解しているわけではありません。

私たちは

身体を通して世界を経験する存在

です。

この考え方は

  • 実存主義
  • 現象学

といった思想とも関係します。


⑥ エゴイズムと贈与

人間は本当に他人のために行動できるのでしょうか。

それとも、人間は結局

自分の利益のために行動している

のでしょうか。

この問題は

  • エゴイズム
  • 利他
  • 贈与

といったテーマとして議論されてきました。


⑦ 弁証法

人間や社会の問題は、

単純にどちらか一方が正しい

という形では説明できないことが多いです。

対立する考え方がぶつかり合い、
そこから新しい段階へ進んでいく。

この考え方を

弁証法

といいます。


⑧ フロイトの無意識

このシリーズの第3回から第6回にかけて、
私たちは「構造主義」という強力な知の武器を見てきました。

「人間は、社会のシステムや言語という『外側の網目(構造)』に動かされている」

というお話でしたね。

しかし、
この構造主義が20世紀半ばに爆発的に広まるより少し前、

「人間の内側の網目」

に気づき、

デカルト的な近代の「理性」という城壁を内側から爆破した男がいました。

それが、精神分析の創始者ジークムント・フロイトです。


現代文は「テーマ」で読むと分かりやすい

現代文の評論文は難しく見えますが、

多くの場合、

  • 人間とは何か
  • 社会とは何か
  • 世界とは何か

という問いを、さまざまな角度から考えている文章です。

テーマを知っているだけでも、
文章の理解はかなり楽になります。

このシリーズでは、入試でよく出るテーマを

「現代文あるある」

として整理していきます。

現代文読解OS 背景知識アーカイブ

〜「背景知識」を知れば、評論文はもっと読める〜

近代が生んだ「自由」と、それゆえの「孤独」。すべての議論の出発点。

人間中心主義。自然を「分析・利用」する対象と見る近代の視点。

言語は単なる道具ではない。私たちが世界をどう認識するかを決める「枠組み」である。

作品の価値は「文脈」で決まる。神から人間へ、主体の誕生と揺らぎ。

損得の「交換」を超えた「贈与」。人間関係を支える目に見えない呪力。

レヴィ=ストロース。「未開」は遅れているのではなく、別の論理で世界を捉えている。

正(A)と反(B)がぶつかり、高次の(C)へ。葛藤を成長に変える思考の型。

理性ではコントロールできない身体の感覚。感覚こそが世界の入り口である。

利己心はどこまで許されるのか。近代的な自我と、他者への想像力。

心の主人は自分ではない?「無意識」の発見が、近代の自信を根本から揺るがした。

モノではなく「記号」を消費する。全能の神となったお金と、失われる身体。

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