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「自分に厳しいということ」の弊害

雑談






先日、


凄まじい大学受験合格実績をだされている先生が、以下のようなことをおっしゃっていました。





高学歴の人が塾の講師に向いてないということはあり得る。


いくつか傾向があるのだが、


「分からないことに対して厳しい」といったことが主な原因だと考えられる。


自分が出来ないことには我慢強く取り組めるのに、他人が出来ないことに対して辛抱強く我慢できない。


基本的に勉強は「足りないことに目が行く」「足りないことを気にする」


出来ないことがあると落ちるのが受験だから。


自分に足りないことを克服していく厳しさのようなものがあるのは仕方ない。


その厳しさを知っているからこそ、他人の出来ないことに対して「強く」なる面がある。




東京大学や医学部合格数を誇る先生でさへ、このようなことをおっしゃるのだと少し驚きました。


その先生がおっしゃる当たり前基準は相当なものです。


確かに、学力によって入塾基準を作っている先生ではないのですが、それでも毎年10数名医学部合格者を輩出する先生ですから、生徒の能力に頼って実績を出しているわけではありません。







さて、


確かに、出来るようにならないわが子、出来るように努力しないわが子、または私の生徒たち。


やはり、


出来ないことに対する圧力というものは出しすぎてもダメなのだと反省いたします。






何事もバランスだという中途半端な結論なのですが、


「社会の厳しさ」であるとか「圧倒的な努力によって這い上がった経験」ですとか、そういうものを持っているから他人に厳しすぎるという側面は否めない。


「大人の成功体験」のようなものを子どもに押し付けてはいけないのだなと思う本日でした。





人の成長を待つというのは、やさしさ、が必要ですね。


見守る覚悟。


見守る我慢強さ。




とはいえ、見守っとけばそれで良いというものでもないバランス。




出来ることまでやらない」はない怒




社会に出てみれば、自分の弱みなど気にせず、自分の強みを意識して、生きていく。



そういった生き方が出来るはずなのに笑






自分に厳しい人ならば、自分に厳しい世界で生きていく。


自分に厳しいなら、自分に対する厳しさを見せて、自分を変えていく。










さて、本日も張り切ってまいりましょう。





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