基礎が大事である。
私はそれしか言いません。
このブログ、
「基礎が大事というのは簡単だけれど【数学】」
を、
一生懸命問題演習するのだけれど、
高校入試偏差値数学60に到達するかしないか、
それぐらいの子
に読んで欲しいと思って書きます。
陰謀論と歴史認識、そして数学の話
誰でも陰謀論に巻き込まれる可能性はあります。
陰謀論と歴史認識は、とてもデリケートな話題です。
正直、扱いにくい。
ですが、
- 陰謀論を信じてしまう
- 事実ではない歴史(=物語)を信じてしまう
こうしたことは、誰にでも起こりうると私は思っています。
人間は、
「スッキリしたい生き物」
だからです。
人は、
・自分の興味が自分にとって難しすぎる時、
・ただただ楽しみたいとき、
・人気者になりたいとき、
・誰かをコントロールしようとするとき、
物語を作り上げます。
私自身もリテラシーが大事と言いながら、
私の信じているものが「陰謀論」である可能性にビビりながら
生活しています。
私たちが「好き」だと言っている歴史の正体
大前提として。
歴史好きと称される人たちが好んでいる歴史は、
ほとんどの場合、
「物語=小説」
です。
間違いなく、
私自身もそうです。
歴史の大半は「物語」である
歴史の大半が「物語」であると認識できていれば、
特に問題はありません。
大人であれば、
- 事実ではないと分かったうえで
- 「物語」として楽しむ
それでいいのです。
子どもが大河ドラマを見て、
「これが本当の歴史なんだ!」
と思ってしまうのも、私は許してあげていいと思っています。
三国志も大河ドラマも「事実」ではない
三国志にしろ、
大河ドラマにしろ、
事実ではありません。
多くの部分は、
創作です。
そこにあるのは、
- そうであってほしい
- そうだったら面白い
という願望です。
英雄が「英雄」であってほしい理由
例えば、豊臣秀吉。
偉業を成し遂げた「英雄」だからこそ、
「そうであってほしい」という願いが生まれる。
また、
そうでないと困る人もいるでしょう(笑)
これは数学でも、まったく同じことが起こる
実は、
数学でも同じことが頻繁に起こります。
特に、
図形問題で。
「そうあってほしい」から過程が作られる
願望が先に立ち、
「きっとこうだろう」
「たぶんこうに違いない」
という思い込みから、
過程が後付けで作られる。
例:∠Bは90度である

この「xの角度を問題」で与えられている条件は、黒い部分のみです。
∠Bが90度である。
これは、
事実です。
しかし問題は、
その過程です。
見た目で判断した人
見た目で判断した人は「そうあってほしい」という願望によって「90度」だと言っています。
問題で与えられている条件を見ても、そんなことは分かりません
もしかしたら89度かもしれません。
結果が合っていても、それはアウト
「こう見えちゃった」
これ、ダメです。
結果的に合っていても、
- 直径(円の中心をとおる直線)だと判断できる理由がない
故に、
正解ではありません。
あなたの「願望」
もし、
∠B=90°
だと分かってしまえば、
180 − (48+90)
= 42
と、
一瞬で解きたくなりますよね。
ちなみに、
x=42°
答えは正解です。
定理が使えるっぽくね??という願望

図に書いてある情報を無視して、
- 赤い△を勝手にイメージし
- ∠B=90°だと言ってしまう
この「なぜダメなのか」が分からない人は、
円周角の定理
を、
本気で復習してください。
「○○っぽい」は数学では通用しない
数学は、
「○○っぽい!!」
ではダメです。
高校入試数学偏差値60に届かない理由
おそらく、
偏差値60に到達しない人の多くは
正解しているが、過程が間違っている
ケースが非常に多い。
申し訳ありません。
うちの塾でも、
数学偏差値65に届かない子たちは、
間違った過程なのに○をつけている
ことが本当に多いです。
お説教です(笑)
なぜ、
こういうことが起こるのか。
答えはシンプルです。
当たり前への「解像度」が低い
当たり前のことに対する解像度が低い。
2×3=6 は、なぜ6なのか?
2×3=6
これは誰でも知っています。
でも、
なぜ、2×3は6なのか?
この問いに、
ちゃんと向き合ってほしいのです。
(まだ数学に慣れていない小学生ならば100歩譲ります)
賢い子の共通点
賢い子は、
- 基本的な定理
に対する
解像度が異常に高い。
当たり前(基礎)を、ねちっこく
当たり前のことを、
- ネチッこく
- ねちっこく
- しつこく
「なんでなん?」と問いかけ続ける。
正直、
しんどいよね。
嫌なのも、
よく分かっています。
でも、今やっている勉強は…
でもね。
君たちは今、
- つじつまを合わせる勉強
- 結果から「そうあってほしい願望」を想像するクセ
を、
知らず知らずのうちに身につけている。
だから言います
だから、
点数が高い=頭が良い
とは、
ならないのです。
簡単な問題=基礎ではない。

上記(1)(2)は基本問題です。
(1)次の図1~図3について、∠APB=1/2∠AOBが成り立つことを、文字を使って示しなさい。
どちらかといえば、(1)の方が重要だと私は思っています。
簡単かどうかは分かりません。
(2)のように簡単な問題には、
厳密なプロセスはほとんど登場しません。
(0.1秒で解く瞬発力は必要だけどね…😢)
(だから難しいんだけど)
(2)を(1)っぽく説明出来たりする力が、
もう少し複雑な問題において「補助線」が見えるような力
を身につける気がしています。
高校受験数学の真実
簡単な問題(正答率60%程度の問題)を
一つも落とさず解き切る。
それで、
偏差値60に到達する。
それが、
高校受験数学の現実です。
しかし、
それでは先が見えるのです。
故に、
私は中学基礎を
兵庫県公立高校入試偏差値65程度だと言っております。
リテラシー/論理的思考力とは?
結果が合っていても、それはアウト
「こう見えちゃった」
これ、ダメです。
記事の途中で☝このように申し上げました。
そりゃ人生のうちで「おみくじに身をゆだねるような決断力」が
必要であることは疑いの余地がありません。
試験本番でのラッキーパンチを否定もしません。
社会や国語で学ぶ「リテラシー」「論理的思考力」とは、
いままで記事に書いてきたようなことなのです。
「目の前の正解」「目の前の点数」にとらわれ過ぎると、
見えない力を失うと言いたいのです。
見えないのだから気が付かないのです。





