「実存主義(じつぞんしゅぎ)」
現代文の評論文
とくに「私とは何か」「青年期の葛藤」などをテーマにした文章を読んでいると、「実存主義」に出くわします。
「実」際に「存」在する? ……
漢字のイメージだけでは少し理解することが出来ません。
でも、この言葉の裏には、「俺たちは、何のために生まれてきたのか?」という、人類最大の悩みに立ち向かった思想家たちの、熱くて、そして少し「怖い」メッセージが隠されています。
今回は、現代文の最重要キーワードの一つ「実存主義」を、限界まで噛み砕いて解説します。
実存主義=生きる意味と目的は決まってない
スマホと「あなた」の決定的な違い
実存主義を理解するために、まずはあなたの手元にある「スマホ(あるいはハサミやペンでもOKです)」と、「あなた自身」の違いについて考えてみましょう。
① スマホの場合
スマホは、工場で作られる前から、「電話をするため」「アプリを動かすため」という「目的(取扱説明書)」が決まっていますよね。
「目的」が先にデザインされて、そのあとに「モノ」としてこの世に誕生(存在)します。
② あなた(人間)の場合
では、人間はどうでしょうか?
あなたは生まれる前に、「よし、お前は将来、医者になって人を救うためのマシーンとして作ろう」と神様や親に設計図を書かれてから生まれてきたわけではありません。
現代では、科学の発展によって「目的をもって子どもを産む」ということが可能になりつつあります。
実存主義の前提が崩れ去ろうとするのです。
実存主義という言葉が大事なのではありません。
以下のような問題を考える時、友人知人の意見を聞くのも良いですが、先人たちの考え方も参考に出来るのです。やや危険ですが、ご興味あれば、是非
「救世主きょうだい(ドナー・ベビー)」
私たちは、
ある日突然、「何のために生きるのか(目的)」が未定のまま、ポンッとこの世に放り出されます。
ここがモトと人間の決定的な違いです。
- モノ =
「目的(本質)」が先。
そのあとに誕生(存在)する。 - 人間 =
「誕生(実存)」が先。
目的は未定。
この「目的が未定のまま、とりあえず今ここにポンと存在しちゃっているむき出しの状態」のことを、哲学用語で「実存(じつぞん)」と呼びます。
魔法の呪文「実存は本質に先立つ」
ここで、フランスの哲学者サルトルが残した、実存主義のド真ん中を射抜く超有名なキラーフレーズを紹介します。 倫理の授業で聞いたことがある人もいるかもしれません。
「実存は本質に先立つ」
漢字ばかりで頭が痛くなりそうですが、第1章の話を当てはめれば、超シンプルです。
- 実存
= とりあえず今ここに生まれてきちゃった私 - 本質
= 生きる意味、キャラ、目的、取扱説明書 - 先立つ
= 先にやってくる
つまり、「人間は、とりあえずこの世に生まれ落ちる(実存)のが先! 自分の生きる意味やキャラ(本質)は、あとから自分で決めるしかないんだ!」ということです。
あなたの脳内変換は、こうしておきましょう。
- 実存主義
= 「お前の取扱説明書(生きる意味)は白紙だ。だから自分で書け!」という考え方。
ちょっと怖い話「自由の刑に処せられている」
なぜ、実存主義という言葉が、頻出なのか?
「生きる意味を自分で決めていいなんて、最高に自由じゃん!」 そう思ったあなた。実は、実存主義の筆者たちが本当に言いたいのはここからです。
「自由」って、
実はめちゃくちゃ怖くて、
しんどいんです。
たとえば、
「お前は一生、奴隷として生きろ」と決められていたら、苦しいですが悩む必要はありません。
「お前は長男だから、絶対に家業の酒屋を継げ」と決められていれば、「俺の人生どうしよう」と迷うことはありません。
でも、現代は違います。
「どんな職業に就いてもいいよ」
「誰と結婚してもいいし、しなくてもいいよ」
「自分の人生は自分で決めていいよ」
と言われます。
するとどうなるか。
もし人生で失敗しても、
誰のせいにもできないのです。
「親が言ったから」「社会が悪いから」という言い訳が通用せず、すべて自分で責任を負わなければなりません。
サルトルはこのプレッシャーを、「人間は、自由の刑に処せられている」という衝撃的な言葉で表現しました。
生きる目的が白紙であることは、自由であると同時に、とてつもない不安と責任(刑罰)を伴うのです。
超実践!「実存主義」を使った予測リーディング
ここまで分かると、入試本番で本文に「実存(的な)」「実存主義」という言葉が出てきた瞬間、筆者が何を言いたいのかが透けて見えます。
現代社会では、この「自由のプレッシャー」に耐えきれず、多くの人が「誰かが書いた取扱説明書」に逃げ込もうとします。
- みんなと同じ服を着て「流行」に乗る
- 「校則だから」「会社のルールだから」と思考停止して従う
- 「〇〇大学に行けば間違いない」という世間の常識に乗っかる
これらはすべて、「自分で自分の生きる意味(本質)を決めることから逃げている状態」です。
実存主義をベースにした評論文の筆者は、こうした態度を徹底的に批判します。 したがって、予測リーディングのサインはこうなります。
- 筆者がディスっているもの(敵):
大衆化、マニュアル人間、同調圧力、世間の常識、思考停止 - 筆者が推しているもの(味方・正解):
主体性、不安を引き受けること、自分で選択し責任を持つこと
選択肢を選ぶときも、「周りに合わせて平穏に生きる」といった内容はダミーの罠です。
「不安や孤独を抱えながらも、自分自身で選択し、新しい自分を創り上げていく」という、ちょっと厳しくてストイックな選択肢が正解になります。
あなたは今、白紙の取扱説明書(人生の選び方)を前にしている
実存主義 =
人間の取扱説明書は白紙である
(生きる意味は自分で決めろ)
いかがでしょうか。
「実存主義」というお堅い言葉が、急に、進路に悩む高校生のあなたに直接突きつけられたメッセージのように聞こえてきませんか?
「どこの大学に行けばいいんだろう」
「将来、自分は何になりたいんだろう」
あなたが今抱えているその不安やモヤモヤは、あなたが「実存(目的がないままこの世に存在している)」として、自由の刑に直面しているともいえるのです。
次に現代文で「実存」という言葉を見かけたら、ビビる必要はありません。
「おっ、筆者がまた『世間に流されず、ビビりながらも自分で人生を選び取れ!』って熱いエールを送ってきてるな」と脳内変換してください。
それだけで、難解な哲学の文章が、あなた自身の人生の応援歌に変わるはずです。
おまけコラム
「生きる意味がない」と言えばいいのに、なぜわざわざ「実存」なんて難しく言うの?
ここまで読んで、「先生、『生きる意味が最初から与えられていない』って言えば小学生でも分かるのに、なんでわざわざ『実存主義』なんてイカつい名前をつけるんですか?」と思ったあなた。
素晴らしい疑問です!
その「なぜわざわざ難しく言うのか?」という違和感こそ、現代文を深く読み解くための最高のアンテナです。
思想家たちが、ただの日常語ではなく、あえて「実存」というゴツい言葉を作り出し、それにこだわったのには3つの熱い理由があります。
① 哲学は「VS(対立構造)」の格闘技だから
哲学はいつも、「古い常識(敵)」を「新しい言葉(武器)」でぶん殴ることで進化してきました。
当時の古い常識は、「すべてのモノや人間には、神様が定めた『本質(あらかじめ決まった目的)』がある」という考え方でした。
このことについては、現代文あるある①【個人と共同体】-近代の誕生と孤独の始まりをお読みください。
一般的に使われている本質とは少し意味あいが違います。プラトンのイデア論を思い出しておいてください。
この哲学用語「本質」という強大な言葉を論破するには、「生きる意味がない」というフワッとした日常語では弱すぎます。
「本質(目的が先)」と真っ向から殴り合える、同じくらい厳密で重たいペアの言葉として、「実存(現実にそこにある事実が先)」という専門用語をぶつける必要があったのです。
② 「絶望(ニヒリズム)」だと勘違いされないため
もしサルトルが「生きる意味がない主義」と名乗ったら、世間の人々は「えっ、意味がないの? じゃあ生きててもしょうがないじゃん…」と絶望してしまいます。
しかし、彼らが言いたかったのは「絶望」ではなく、「意味がないからこそ、お前が100%自由にオリジナルで作れるんだぜ!」という超ポジティブな宣言です。
「実存」という言葉の語源(ラテン語のex-sistere)には、「外に向かって立ち現れる(自ら飛び出していく)」という力強いニュアンスが含まれています。
「何もないところから立ち上がれ!」という前向きなエネルギーを込めるために、この言葉が選ばれました。
③ 若者たちの「革命の旗印」だったから
「実存主義」は、第二次世界大戦後の焼け野原になったヨーロッパで、若者たちを熱狂させた大ブームでもありました。
「国のために死ぬのがお前の生きる意味だ」と大人に騙され、戦争に巻き込まれた若者たちが、「国家や世間が押し付けてくる『取扱説明書』なんてクソくらえ!
俺たちは『実存』だ!」と叫ぶための、ロックバンドのロゴのような、カッコいい革命の旗印だったのです。
だからこそ、ただの「無意味」ではなく、強くて重い「実存」という言葉でなければなりませんでした。
現代文の評論文に出てくる、一見すると無駄に難しいカタカナ語や専門用語。
その裏には、こうした思想家たちの「古い常識との戦いの歴史」や「熱い想い」が隠されています。言葉の背景を知ると、少しだけ彼らの言葉が身近に感じられませんか?
サルトルは「ロックスター」のような熱狂的アイドルだった
戦後間もない、1945年10月、サルトルがパリで行った「実存主義とは何か」という講演会は、現代の有名アーティストのライブ以上の騒ぎになりました。
あまりにも群衆が殺到しすぎて、会場に入りきれない人々でパニックになり、窓ガラスは割れ、失神者まで出るほどの超満員だったという記録が残っています。
サルトルは単なる大学の難しい哲学教授ではなく、当時の若者たちにとって時代のカリスマ(インフルエンサー)だったのです。
専門用語の悪用には要注意
ところで、
ダーウィンの進化論がヒトラーによって悪用された話はご存じでしょうか?
なぜユダヤ人の迫害が行われたか?
1つに「ダーウィンの進化論が悪用されて『選民思想』が生まれた」という話もよく語られています。
デリケートな問題ですので、ここでは深くは言いません。
同様に、サルトルの「実存主義」が重要視される理由に、意図的なのか、意図していなかったのかは定かではないですが、
「実存主義」が悪い方向に使用されているとも言えます。
一見すると、
「お前の取扱説明書(生きる意味)は白紙だ。だから誰のせいにもせず、自分で立ち上がって自由に描け!」という、
熱いメッセージに見えてしまいます。
しかし、資本主義が、このサルトルの美しくて力強いメッセージを、自分たちに都合よく「悪用」し始めたともいえるのです。
一体どういうことなのか?
現代文の最深部(ダークサイド)へご案内します。
白紙の取扱説明書は「最高のビジネスチャンス」
実存主義によって、「生きる意味」は神様や国家がくれるものではなく、自分でゼロから作るものになりました。 でも、私たちは前回確認しましたよね。
「自由って、めちゃくちゃ怖くて不安だ」ということを。
「自分の生きる意味って何だろう?」
「白紙の取扱説明書に、何を書けばいいか分からない……」
震える若者たちを見て、資本主義(企業や市場)はこう考えました。
「これは最高のビジネスチャンスだ! あいつら、生きる意味が分からなくて困ってるんだろ?
だったら、『生きる意味』を商品として売りつければいいじゃないか!」
かくして、資本主義は不安な私たちに、魅力的なパッケージに包まれた「新しい取扱説明書」を次々と売り出し始めました。
- 「これを買えば、イケてる自分になれますよ(ブランド品・美容)」
- 「この資格を取って、この企業に入れば『成功者』ですよ(学歴・就活)」
- 「『いいね』をたくさん稼ぐのが、あなたの価値ですよ(SNS)」
「生きる意味がない? 大丈夫、うちの商品(システム)を使えば、立派な意味を与えてあげますよ!」
これが、実存主義の「自由の不安」につけ込んだ、資本主義の最初のワナです。
「立ち上がれ!」の悪用 = 呪いの言葉『自己責任』
そして、ここからが本当に怖い話です。
資本主義は、サルトルの「自由に選び、自分で責任を持て(立ち上がれ)」というメッセージを、最も残酷な形でシステムに組み込みました。
それが、現代の日本社会を覆い尽くしている「自己責任論」です。
資本主義社会(とくに新自由主義)は、競争社会です。
勝つ人もいれば、負けて貧しくなる人もいます。
かつてなら「政治が悪い」「社会の仕組みが悪い」「親の言うことを聞いただけなのに、良くない人生だ」と文句を言えたかもしれません。
しかし、現代社会は実存主義のロジックを使って、敗者をこう切り捨てます。
- お前は自由だったはずだろ?
- 誰に強制されたわけでもない。お前が自分でその仕事を選び、その人生を選んだんだろ?
- 『自分で選んだ』のだから、貧しいのも、苦しいのも、すべてお前自身のせい(自己責任)だ。甘えるな、立ち上がれ!
サルトルが言った「責任(立ち上がれ)」は、「誰かのせいにせず、自分の人生をオリジナルで創り出すための、誇り高き覚悟」でした。
しかし資本主義は、それを「弱者を切り捨て、国や社会の責任を免除するための、冷酷な言い訳」として悪用したのです。
「自由」という言葉が、いつの間にか「助けてあげないよ」という暴力にすり替わってしまった状態です。
悪用を回避するためには、「構造」という言葉を冷静に見つめなければなりません。
「自己実現」という名の、終わらない強制労働
さらに資本主義は、私たちの心の内側まで支配しようとします。
現代社会では、「自分らしさを活かそう」「夢を持とう」「自己実現しよう」という言葉があふれていますよね。
学校でも「やりたいことを見つけなさい」と急かされます。
一見すると、「生きる意味を自分で創れ」という実存主義の理想が叶った、素晴らしい世界に見えます。 しかし、評論文の筆者たちはこう喝破(かっぱ)します。
- 「自己実現しろ、という新しい命令(取扱説明書)に縛られているだけだ!」
- 「何者かにならなきゃいけない」
- 「自分だけの才能を見つけて、社会の役に立たなきゃ(稼がなきゃ)いけない」
「生きる意味がない」という自由な状態から出発したはずなのに、いつの間にか「自分をアップデートし続け、市場価値を高め続けなければならない」という、終わりのない強制労働(自己啓発のループ)に追い込まれている。
「自由に立ち上がれ!」と応援されているようで、実は「資本主義のベルトコンベアの上で、一生懸命走らされているだけ」かもしれないのです。
超実践!「新自由主義×実存」の予測リーディング
入試現代文で、「自由」「自己責任」「自己実現」「新自由主義」といったキーワードが絡み合って出てきたら、この「実存主義の悪用」の構図を思い出してください。
- 筆者が怒っていること(敵)
自由や自己選択をタテにした「自己責任論」の冷酷さ。
「自己実現」や「個性」すらも、企業や市場に消費され、お金儲けの道具にされている現状。 - 筆者が言いたいこと(味方)
「すべて自己責任だ」という脅しに騙されるな。
私たちは、強要された「自己実現」から降りてもいい。「何者か(役立つ人間)」にならなくても、ただそこに存在しているだけで価値があるんだ(実存の肯定)。
選択肢を選ぶ際も、「自分の努力次第でどんな夢も叶う素晴らしい社会だ」といった無邪気にポジティブな選択肢は、ほぼ100%罠です。
逆に、「自由という名のもとに、人々は巧妙に管理され、責任を押し付けられている」といった、社会のシステムを疑う選択肢が正解になります。
まとめ
あなたは本当に「自分の足」で立ち上がっているか?
「生きる意味はない、立ち上がれ!」
この言葉は、サルトルからの最高のギフトでした。
しかし、その言葉の裏で、資本主義があなたに「ウチの書いた取扱説明書(成功のレール)」をこっそり手渡そうとしています。
「自分らしく生きなきゃ」と焦ったとき。
「失敗したのは全部自分の努力不足だ」と自分を責めすぎたとき。 「これって、本当に『私』が立ち上がって決めたことだっけ? それとも、社会(資本主義)に言わされているだけだっけ?」と立ち止まってみてください。
その「疑う力」こそが、誰にも悪用されない、
本当の意味での「あなたの実存」を取り戻す第一歩なのです。







