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島津忠良 日新公いろは歌

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いろは歌

いろは歌

いろは歌は、全ての仮名を一文字ずつ使って、意味のある内容にして、文字を勉強しやすいようにしたものです。


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いろはにほへとちりぬるを

わかよたれそつねならむ

うゐのおくやまけふこえて

あさきゆめみしゑひもせす

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↑この意味不明な呪文を、意味ある内容にすると↓こちらになります。
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色は匂へど 散りぬるを

我が世誰ぞ 常ならむ

有為の奥山 けふ越えて

浅き夢見じ 酔ひもせず



いろは歌の現代語訳についてもそれはそれで奥深いですが、今回は本題から外れすぎるために割愛します。嘘です。私もそんなに勉強したわけではないので、現代語訳や解釈について語れる教養がございません。





島津忠良 いろは歌

日新公と敬われた島津忠良(1492年生)は,仏教・儒教・神道を極め,学問や武芸にも秀でた名将で,のちの島津氏による薩摩,大隅,日向の三州統一の礎を築き,島津中興の祖といわれています。


関ヶ原の合戦における島津義弘の活躍は有名ですが、島津義弘の祖父です。

忠良が作ったいろは歌は,人間として社会に生きる道,人の上に立つ者の心得を説いたもので,薩摩藩の郷中教育の聖典とされており,明治維新を成し遂げた薩摩の志士たちにも大きな影響を与えました。2015年朝の連続テレビ小説「朝が来た」でも、薩摩藩出身の大久保利通がこの歌を引用して懐かしむ描写があったようです。


大久保利通や西郷隆盛といった有名薩摩藩士のみならず、京セラ創業者/JAL再生/盛和塾/アメーバ経営で有名な稲盛和夫さんも薩摩藩の郷中教育が企業経営の源泉にあると言われています。


こういった本を出版されるぐらいですから、それはもう。。。なのでしょうね。

『鹿児島で生まれ育つと、西郷隆盛の教えは何か風の音のように自然と耳に入ってきます。

私も小学生になると、西郷の教えを先生からたびたび聞かされていましたし、郷中教育(薩摩藩伝統の教育)でも教わりました。

小学校でも、郷中教育でも、たびたび西郷の話が出てきたのです。私は幼い頃から西郷に対して、鹿児島が生んだ大偉人として尊敬の念を抱いていました』(本文より一部抜粋)。

無私、利他 〜西郷隆盛の教え~




明治維新で活躍著しい「長州藩(毛利家)」「薩摩藩(島津家)」「会津藩(松平家)」には優れた藩校があり、その教育が未だに語り継がれるところに、教育の重要性があるのかもしれません。






薩摩藩の 藩学/郷中教育 【大河ドラマ「西郷どん」にも登場】


郷中というのは「町単位」の組織で、いまでいうところの自治会といった雰囲気でしょうか。(テキトーなことを言っています。)


郷中教育は、武士階級の青少年を郷中単位(町単位)で教育していこうといった仕組みだそうです。


一番上は25歳程度の若者がリーダーを担当し、小学生~高校生程度の年代の武士が学んでいました。武士の教育ですから、武芸/算学/学問、を学ぶ場所だということは容易に想像がつくのですが、「教師がいない」といった意味では「寺子屋」や他の「藩校」とは大きく異なる特徴を持ちます。


厳密には、「教える学問;座学」もあったようですが、子ども達が自分で先生(近所のあたま良さそうな武士)のところにいって儒学などを学んでいたようです。誰から何を教わるのかは子ども達が決めて良かったようです。


書物から学ぶことが出来なかったため、みんなで集まっていろんなことを「想定」しては、議論をして最善の策をあらかじめイメージトレーニングをしていたことも特徴のようです。その意味では、吉田松陰の「松下村塾」と似たような雰囲気もあるのかもしれません。

「意志決定」を徹底的に訓練していた。


そうであるならば、京セラの創業者である稲盛さんが企業経営の源泉としたのも頷けます。



そのような「郷中教育」の根幹をなしたのが、島津忠良の「いろは歌」だったようです。










日新公いろは歌 島津忠良




それではみなさまご唱和ください

せ~~~のっ







え?


                     

いにじへの 道を聞きても 唱えても わが行ひに せずばかひなし



「昔の聖人や賢人の教えを聞き、学び、暗唱してもそれを自分の行いとして実践しなければ価値はない」


———-

このような考え方は、朱子学の「先知後行」か陽明学の「知行合一」思想に似ていると言われている。

朱子学「先知後行」は、文字通り、知ることが先にあって後で行動を起こして実践するといった意味合いです。学んだことをもって行動をすれば間違うことは少ないという教えです。

それに対して、陽明学「知行合一」は、知ることと行うことは一体であるべきだという考え方です。「知る・学ぶ」と「行動すること」は別々のものではなく、知ることは自然と行動を伴い、行動は自然と知ることに結びつく。知らないと行動できないし、行動しないと知ることは出来ない。そんな意味合いです。

斎藤之幸「西郷 大久保 稲盛和夫の源流 島津いろは歌」



個人的な感想ですが、陽明学に影響を受けた人はある意味で情熱的で人が多いように思ってしまいます。

・大塩平八郎 (大塩平八郎の乱)
・三島由紀夫
・幕末の薩摩藩
・高杉晋作/吉田松陰

一方で、朱子学は儒学(儒教)の影響をいろこく受けているために道徳的な教えが多い。「義」で表現する代表格に「忠臣蔵」があるのは江戸時代に「朱子学」が日本に広く広まっていた影響はあるのではないかと個人的には思います。(テキトーなことを言っています。)






櫓の上も はにふの小屋も 住む人の 心にこそは たかきいやしき


「いかに立派な宮殿に住んでいても、年度で作ったようなみすぼらしい家に住んでいても、そんなことは高貴か卑賤かの尺度にはならない。貴と賤をわけるのは心にこそあるのです。」


埴生・・・粘土で作った粗末な家

楼・・・宮殿のような豪華な家 

——

豊かか豊かでないか「心」が決めるモノだとして、「心」を朱子学と陽明学にて比較するならば、


朱子学は、人の心は「欲に流されやすい情」と「仁(やさしさ)を中心とした性、すなわち理が保たれている状態」に分かれるとされている一方で、陽明学は「心」とは「人が本来持っている素直な心のまま行動すれば、それがそのまま『理』である」として、


この「理」を行うことが「聖人の道」であると述べています。


「聖人の道」とは、「人々のために思い、人々のために行動すること」のようです。


つまり、、、


単に、、、清らかで正しい心や思いやりの心というだけでなく、素直な心を大切にし、その心を持って聖人の道を行うべし、そうであってこそ真に高貴な人と言える。。。ということです。島津忠良が影響を受けた積極的な行動を伴う陽明学的な「心」が必要だということなのでしょう。



なるほど。。。


言葉を文字通り解釈しただけでは、こういったところまでは分かりませんね笑


まさに、、、幕末の他藩と比較して身分制度が厳しい薩摩藩において、身分が低い(大久保、西郷)人達の活躍が目立つのは、かつ、それが藩内で容認されたのは「いろは歌」に代表される教育が影響されているのですね。。。

儒学の思想だけでは、こうはならないような気が致します。


現代にも通じます。


安定した時代には、「「義」「仁」を大切にする儒学」「道徳」の心が社会を安定させるのでしょうし、安定していない時代には「儒学」の心では対応出来ないといったところでしょうか。そこに「陽明学」の発展があるとも思います。




はかなくも 明日の命を たのむかな 今日も今日もと 学びをばせで



「当てがあるわけでもないのに明日の命を頼りにして、今日もなになに今日も理由をつけて学ぼうとしない」


「明日やろうは馬鹿野郎」ということですね。



私たちはどうしても、「明日」があるという安心感の中で生きておりますから、こういった心を持つのはなかなかに難しいですよね。


佐賀藩に伝わる「葉隠」という武士道、武士の理想を解いた教えの中に、「武士道というのは死ぬことを見つけたり」という言葉があるそうです。武士道を極めるには「死」を覚悟することから始るといった意味ですが、「その日1日だけが一生」だと思って人生を送れば、人はかえって自由な精神を得ることが出来るようです。


「自由な精神ってなんだ??」


およそ死が身近では無い私たちにはピンと来ません。


「命の大切さ」を体験するというのは、こういった死生観を身につける、といった意味合いもあるのでしょう。


現代において「死生観をもって生きよう」なんていうとブラック気質を彷彿とさせてしまいますが、どうなのでしょう笑???


陽明学では「今日の1日を大切にし、今日学ぶべき事を今日学ぶのは良いが」「あせるなよ」とは言っているようです。







似たるこそ 友としよけれ 交らば われにます人 おとなしき人


「自分に似ている者こそ、友とするにはウマが合ってよろしいけれど、しかし、積極的に選んで交わろうとするならば自分より優れた人、大人らしく人格の練れた人がよい」


おとなしき人・・・大人らしい人という意味。「成人」を意味する「大人」ではなく「人格の練れた人」としての大人。


友達にするならば自分と同程度の人の方が話しやすいし、一緒に遊んでも楽しい。だから、自然にまかせるなら例外なく同レベルのものを選んで友にするだろう。それはそれで大切なことなのだが、それだけでは、自分の向上が期待できない。




拡大解釈をするならば、、、


本を読むときも好きなものばかりを読んでいても、それはそれで素晴らしいが、たまには好きではないものも読んでみようということだったり致します。


むむ。



ほとけ神 他にましまさず 人よりも 心に恥ぢよ 天地よく知る


「仏や神は他所にあるのではない、自分自身の中におられるのだ。他人に恥じるよりも自分自身の心に恥じよ、自己の心にある天地つまり仏や神はよくわかっているのだから。」


—–
こういった考え方は、仏教の精神、朱子学などの儒教の精神ともいえる。そもそも仏教と儒教はその思想に共通部分が多くある。そもそも薩摩藩は他藩に比べて儒学が盛んであったようで、島津忠良は「人は恥じ無かるべからず、~中略~、恥をしればすなわち恥無し」と別のところで述べている。


「人は恥を知るということがなければならない。恥を本当に知っているなら恥じることな無くなるのである。」


他人に対して「恥ずかしい」と感じる程度の「恥」では、自己弁護に奔走する程度のものであり、「心」から「恥」を感じたわけでは無い。


「恥」をマイナスとして捉えるのではなく、挫折や逆境を何度も経験しながら、「恥」を自分の人生にプラスとして捉えようといった意味合いで有り、心から「恥」を我が物として反省して「恥じるて」発憤材料とするならば、「恥」も大いに良し、、、、、といったことなのだろうか。



さて、、、はて、、、恥とはなんぞや。。。


いや~それでも恥ずかしいですよね笑。


「失敗は成功の元」とはいいつつも、、、それを実践するには、、、。


いや。


「失敗は成功の元」と学んだのであれば、知行合一の精神で、失敗しても恥だと感じても己を恥じて真摯に取組むべきだということですね。


小学生諸君。「○大好きっ子ちゃん」になったらアカンえ!



下手ぞとて 我とゆるすな 稽古だに つもらばちりも 山とことの葉


『下手だかといって投げやりになるようではいけない。どんな稽古事でもそうだが「塵もつもれば山となる」という言葉のとおりなのだから』


—–


歴史を見ていて、偉人と称される人達は、、あれだけ武芸の修行にいそしみながら、よくあれだけ勉強できるものだなと思う。


特に戦国欄世の時代であるから、生きるか死ぬかの瀬戸際で武芸の稽古にいそしむのは理解出来ますが、明日死ぬかも知れない恐怖感のなかで、よく座って勉強出来るものだなと。。。。


有名な戦国武将は、戦い方といった「兵法書」を始めとして、政治、経済、文学、哲学、歴史、、、ありとあらゆる学問を学んでいます。


叩かれても非難されても周囲から馬鹿にされても、どこかに前進していく糸口をさぐり進んで行く。


ふむ。




とかありて 人を切るとも 軽くすな いかすかたなも ただひとつなり



「罪が明白であり、死刑に処するとしても、軽々しく行ってはならぬ。人を活かすも殺すも裁く者の心1つにかかっているのだから」

とか・・・科

かたな・・・刀
——–

「活かす刀もただ1つなり」が複雑であり、「活かす刀」とは臨済宗「碧巌録」にある「殺人刀活人剣」からの引用だと思われる。


「決まり事のように処断するのでは無く、事情を鑑みて臨機応変にたいしょうせよ」と述べているようにも見えるし、一方で、「人を活かす刀」でなければならず気まぐれに例外を作るようなことはあってはならない」と述べているようにも見える。


単なる臨機応変では「軽く」なりがちであるし、決められた「枠」に修めるようでは単純すぎる。


処分処罰の姿勢はもっとも人の心に影響します。心を活かすのか殺すのかは、「刀」=「為政者の心」次第なのである。




難しいな。。。



難しい。。。


法律に規定されている罪を犯したならば話は単純なのでしょうが、仕事における上司と部下の関係、塾における生徒と先生の関係なんてまさにそうなのでしょう。


「こういう時は、こうした方がよい」といった知識は持つべきではあるが、そんな単純なことではない。人の心をよく見て経験則と知識を重ね合わせて瞬時に判断していく、だからこそ知行合一の精神が必要だということなのでしょうか。


むずかしい笑










まとめ



以上、小学生に1分程度で音読できるように一部抜粋した「島津忠 いろは歌」でした。


「ち」以降は気が向けばまとめたいと思います。


「いろは歌」関連の書籍を見てみると「経営学」系統に分類されるライトな本が多くあります。


よくもわるくもなんだかな~と思うのです。その部分に関しては、ちょっと言葉になりませんね笑


確かに、「哲学」「思想」と称して企業経営に都合の良い部分を理論的に明示される部分があるのは事実ですし、「哲学めいたもの」「思想めいたもの」を打ち出すことは「誰にとっても幸せな場所ではない」と明示することと同義であります。


「宗教」の如く価値観が共有されている集団で無ければ成長は乏しいと言われるのも真実でありますから、大学生が就職活動を行い企業を選ぶ、高校生が大学を選ぶ、ことはやはり「おみくじ」や「お見合い結婚」に近いと思うのです。


だからこそ、「何になるのか」を考えるより「どう生きるのか」を考えた方が、選択を行いやすいとおもうのです。



ま。



「いろは歌」を音読する目的は、その内容の啓蒙ではなく、「古文」のリズムになれることが大きなテーマです。



まま。

その中で、気になる人がこのブログを読めばよい。

そんなテンションです。



以下参考文献

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