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交換と贈与ー現代文あるある⑤ー

交換と贈与 構造主義現代文あるある

現代文読解OS 背景知識アーカイブ

〜「背景知識」を知れば、評論文はもっと読める〜

近代が生んだ「自由」と、それゆえの「孤独」。すべての議論の出発点。

人間中心主義。自然を「分析・利用」する対象と見る近代の視点。

言語は単なる道具ではない。私たちが世界をどう認識するかを決める「枠組み」である。

作品の価値は「文脈」で決まる。神から人間へ、主体の誕生と揺らぎ。

損得の「交換」を超えた「贈与」。人間関係を支える目に見えない呪力。

レヴィ=ストロース。「未開」は遅れているのではなく、別の論理で世界を捉えている。

正(A)と反(B)がぶつかり、高次の(C)へ。葛藤を成長に変える思考の型。

  • 近代
  • 個人主義
  • 人間中心主義
  • 合理主義
  • 資本主義
  • 近代国家
  • しかし、これらはバラバラのテーマではありません。

    すべて

    「人間が世界をどう見るか」

    という問題から生まれています。

    つまり、

    世界を見る「ものの見方」や「枠組み」

    の違いです。

    現代文で語られている多くのテーマは、
    この枠組みの違いから派生したものです。

    このシリーズでは、その流れを順番に見てきました。


    これまでの流れ(①〜④)

    ① 個人と共同体

    まず扱ったのが、

    個人と共同体

    というテーマでした。

    近代以前の社会では、
    人間は共同体の中の存在でした。

    家族

    宗教
    身分

    こうした関係の中で
    自分の役割が決まっていました。

    しかし近代になると、

    「個人」

    という考え方が強くなります。

    人は共同体の一部ではなく、

    自分で考え、判断する主体

    と考えられるようになります。


    ② 自然と人間

    次に見たのが

    自然と人間

    という対立です。

    中世では、

    自然は神が作った世界の一部でした。

    しかし近代では、

    人間は自然を

    観察し
    分析し
    利用する

    存在になります。

    つまり、

    人間(主体)
    自然(対象)

    という関係が生まれます。

    ここに近代科学の発想があります。


    ③ 構造主義

    しかし20世紀になると、

    この近代的な考え方が揺らぎ始めます。

    それが

    構造主義

    です。

    構造主義はこう考えます。

    言葉の意味
    神話
    文化

    これらは

    人間が自由に作っているのではなく、

    社会の中の

    関係のパターン

    の中で成立しているのではないか。

    つまり、

    意味は個人の内側ではなく

    関係の中で生まれる

    という考え方です。

    こうして20世紀の人文科学では、

    「個人」ではなく

    関係や構造

    から社会を理解しようとする
    新しい見方が広がっていきました。


    ④ 近代芸術

    この「ものの見方」の変化は、

    芸術にも現れました。

    中世の芸術は

    神のための芸術でした。

    しかしルネサンス以降、

    世界は

    「私が見る世界」

    として描かれるようになります。

    遠近法は、

    見る人の視点を中心に
    世界を構成する技術でした。

    ここには

    主体(見る人)
    客体(見られる世界)

    という近代の発想が現れています。

    しかし近代後半になると、

    芸術はさらに大きく変わります。

    マルセル・デュシャンの《泉》のように、

    作品そのものではなく

    それが置かれる文脈

    が意味を決めるのではないか、

    という問いが生まれました。

    つまり

    意味は

    物の中にあるのではなく

    関係の中で生まれる

    のではないか、

    という問題です。


    交換と贈与

    では、この「関係」という考え方を、
    芸術ではなく、もっと身近な例で考えてみます。

    たとえば、
    誰かにお土産をもらったとき。
    「ありがとう」で終わるでしょうか。

    多くの場合、
    どこかでお返しを考えるはずです。

    それは契約でも法律でもありません。

    値段が決まっているわけでもありません。

    それでも私たちは、
    自然とそう行動します。

    そこには、
    人と人の関係を成り立たせる
    見えない関係のパターン
    が働いているからです。

    このことを考えたのが、
    フランスの社会学者
    マルセル・モース
    でした。

    モースは世界各地の社会を研究する中で、
    人と人のあいだで行われる
    贈り物のやり取りが、
    社会関係を作る重要な仕組みになっていることに
    注目しました。


    交換

    モースは、人間社会には

    二つのやり取りがあると考えました。

    ひとつは交換です。

    これは、
    お金や契約によって成り立つやり取りです。

    商品を買う。
    給料をもらう。

    こうした関係では、
    価値はその場で清算されます。

    たとえば
    コンビニでおにぎりを買うとします。

    レジでお金を払えば、
    その場で商品を受け取ります。

    そこで関係は終わります。

    あとで店員さんに

    「この前のおにぎりのお返しです」

    と何かを持って行く人はいません。

    支払った価値と
    受け取った価値が

    その場でつり合う関係を等価交換と呼びます。


    ポリメシア社会の贈与

    モースはポリメシア社会の研究をしていました。

    交換に対してモースが注目したのが

    もう一つのやり取り、

    贈与でした。

    贈与とは、

    一見すると

    見返りを求めない贈り物です。

    しかしモースは、

    そこには必ず

    三つの義務があると指摘しました。

    • 贈る義務
    • 受け取る義務
    • 返す義務

    です。

    贈与は、

    単なる親切ではありません。

    贈り物は、

    人と人のあいだに

    関係を生み出す

    のです。


    モースが見たもの

    モースは世界各地の社会を研究していましたが、

    そこでは

    贈り物
    宴会
    財の分配
    贈り合い

    といった習慣が共通して見られました。

    一見すると、
    自由な贈り物のように見えます。

    しかしよく観察すると、

    人々は

    贈らなければならない
    受け取らなければならない
    返さなければならない

    という行動をとっていました。

    つまり、

    多くの社会で、

    贈与は完全に自由ではない

    のです。

    贈り物は本来、自由なはずです。

    契約でもありません。
    法律でもありません。

    それなのに、

    なぜ人は

    返さなければならない

    と感じるのでしょうか。

    この疑問から生まれたのが

    モースの著書

    『贈与論』

    です。


    贈与の意味

    モースはこう考えました。

    多くの社会では、

    贈り物には

    贈った人の力や気持ちが宿る

    と。

    モースが研究したポリメシア社会では、

    この力をハウ(hau)と呼びます。

    この考え方では、

    贈り物を受け取るということは

    贈った人の力を受け取る

    ということになります。

    贈り物を受け取ることは

    その人との

    関係を受け取ること

    でもある。

    贈り物は

    ずっと自分のところに
    とどまるべきではありません。

    再び外へ送り返される必要があります。

    と。

    だから人は、

    返さなければならないのです。

    日本における贈与

    モースの研究ではないですが、

    日本文化で一番近い概念はです。

    誰かから

    • 助けてもらう
    • 物をもらう
    • 世話になる

    と、

    その人に対して

    恩ができる

    と考えます。

    そして



    恩返し

    という発想が生まれます。

    これは

    贈る
    受け取る
    返す

    というモースの贈与の構造と
    かなり近いです。

    もう一つ有名なのが

    義理

    です。

    たとえば

    • お中元
    • お歳暮
    • 結婚祝い
    • 香典
    • お土産

    などです。

    ここでは

    返さないと気持ちが悪い

    という感覚があります。

    法律ではありません。

    契約でもありません。

    それでも

    返すべきだと感じる。

    これは

    モースが説明した

    贈与の義務

    と非常によく似ています。

    また、日本語には

    いただく

    という言葉があります。

    単に「受け取る」という意味ではなく

    相手の気持ちを受け取る

    というニュアンスがあります。

    つまり

    贈り物は

    物だけではなく気持ちも移動する

    と考えられています。

    これは

    モースが説明した

    贈り物に力が宿る

    という考え方とかなり近いです。


    交換だけの社会は成立するのか

    モースが考えたこは、
    当たり前すぎるかもしれませんが、

    交換ふまえた上で贈与を考えることで、
    また疑問が生まれます。

    もし社会が

    等価交換

    だけで成り立つとしたら、

    どうなるでしょうか。

    お祝いをもらったら、
    その場で同じ金額を返す。

    お土産をもらったら、
    すぐに同じ値段のものを返す。

    友人に助けてもらったら、
    その場で同じ価値のことを返す。

    もしそうなれば、

    人間関係は

    その場で終わる取引

    になってしまいます。

    しかし実際には、

    そうではありません。

    贈与では、

    価値はすぐには清算されません。

    時間をおいて別の形で返されます。

    つまり贈与とは、

    モノのやり取りというより、

    人と人の関係を続ける仕組み

    なのです。


    レヴィ=ストロース

    そして、
    贈り物はモノの移動ではなく
    関係の移動であるこの考え方は、

    文化人類学者
    クロード・レヴィ=ストロース

    によって、

    さらに発展させられます。

    レヴィ=ストロースは、

    モースの研究を手がかりに、

    人間社会には

    人と人の関係を作る

    一定のパターン

    があるのではないか

    と考えました。

    レヴィストロースは本当にたくさんの研究を行いました。
    あらゆる構造を明らかにしてきました。

    現代文で何をやっているか分からなくなったらこれを読め③ でもレヴィ=ストロースの研究に触れましたが、他にも様々な研究があります。

    その代表的な例が

    結婚

    です。

    現代の私たちは結婚を

    個人同士の恋愛や
    個人的な選択

    として考えがちです。

    しかし多くの社会では、

    近い親族のあいだでは結婚できない

    という規則があります。

    そのため、

    結婚は

    家と家の関係を結ぶ制度

    として存在してきました。

    娘が別の家に嫁ぐことで
    二つの家がつながり、

    また別の家から
    嫁がやってくる。

    このようにして、
    結婚を通して
    家と家の関係が
    広がっていきます。

    レヴィ=ストロースは、

    このような仕組みを

    女性の交換

    という言葉で説明しました。

    もちろん、
    女性を物のように扱う
    という意味ではありません。

    結婚という制度が

    家と家、人と人を結びつける

    社会関係の仕組み

    として働いていることを
    示した言葉なのです。

    レヴィ=ストロースは、

    こうした関係のパターンを

    構造

    と呼びました。

    そして社会を理解するためには、

    個人の心理や意志だけではなく、

    この

    関係の構造

    を読み解くことが重要だと考えました。


    構造と社会

    結婚という制度の中では、

    女性がモノのように扱われた

    という歴史的な側面もあります。

    こうした問題に対して、

    権利を主張することは

    当然のことです。

    しかし、

    社会の構造を理解せずに
    権利だけを声高に主張しても、

    それは単なる不平不満として
    聞こえてしまうこともあります。

    不平不満の背後にある

    社会の構造

    を理解してはじめて、

    その主張の意味も見えてくるのです。


    次回 現代文あるあるをもう一度まとめてみる。

    構造主義が
    20世紀の人文科学に
    大きな影響を与えたのは、

    社会を説明するための
    非常に強力な考え方だったからです。

    人間の行動や文化が個人の意思ではなく、

    社会の中の構造
    によって生まれているのだとしたら、

    神話
    言語
    親族関係
    文化

    といったものを、
    一つの共通した方法で
    説明することができます。

    まるで数学のようですね。

    数学では、

    点や線が
    座標の上で

    一定の位置にある

    ことを前提にして
    問題を考えます。

    たとえば、
    数学の授業で

    「点Pよ、止まれ!」

    と叫んだことがある人も多いでしょう。

    点Pが座標の上で
    じっとしていてくれるからこそ、

    図形の関係は
    分かりやすくなるからです。

    構造主義の考え方も
    少し似ています。

    社会には

    人と人の関係を作る
    安定した構造

    があると考えることで、
    文化や社会を
    理解しやすくなるのです。


    しかしここで、
    新しい問題が生まれます。

    数学の問題において点Pが動くように、
    現実社会も動きます。

    社会が「構造」
    によって成り立っているのだとしても、

    構造そのものも

    歴史の中で変化していく

    のです。


    「構造」というものの見方を得た
    人々は湧きましたが、

    現代社会をうまく説明できないため、
    新しい考え方を見つけようとしていきます。

    それは、

    構造そのものが揺らぐ

    という考え方です。

    個人が揺らぐ、
    というのは分かりやすい話です。

    また、

    社会の中に
    構造がある

    という説明も
    理解しやすいでしょう。

    しかし、

    その構造そのものが
    動いてしまうと言われると、

    少し困ってしまいます。

    私たちは

    つい

    「構造よ、どうか止まってくれ」

    と思ってしまうからです。

    しかし実際には、

    社会の構造も
    歴史の中で
    変化していきます。

    この問題に向き合う中で、

    構造主義は
    次第に見直されていきました。

    そしてそこから生まれたのが、

    ポスト構造主義

    という考え方です。

    次回は、

    ポスト構造主義へ入る前に、

    あらためて、

    構造主義を使って、現代文あるあるをまとめて参りたいと思います。

    ここまで見てきた

    芸術や社会の話とも
    深く関係してくるテーマです。

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