前回⑧「構造主義(導入)」では、私たちが当たり前だと思っている言葉・文化・社会のルールが、実は「目に見えない構造」として個人を動かしていることを見ました。
「人間は自由に考えている」と思っているけれど、実はすでに用意された枠組みの中で動いている――それが構造主義の発見でした。
では、その「目に見えない構造」は、私たちの日常のどこに、最もはっきりと姿を現すのでしょうか?
答えのひとつが、「贈り物(贈与)」です。
誰かからプレゼントをもらうと、私たちはなぜか「お返ししなきゃ」とプレッシャーを感じます。
法律で決められているわけでもないのに、誰もがその「見えないルール」に従っている。
今回は、人類学者マルセル・モースが発見した、社会を動かす隠れたシステム――「交換と贈与」を見ていきます。
交換と贈与
「人間は社会の構造の中で動いている」――この考え方を、もっと身近な例で考えてみましょう。
たとえば、
誰かにお土産をもらったとき。
「ありがとう」で終わるでしょうか。
多くの場合、
どこかでお返しを考えるはずです。
それは契約でも法律でもありません。
値段が決まっているわけでもありません。
それでも私たちは、
自然とそう行動します。
そこには、
人と人の関係を成り立たせる
見えない関係のパターン
が働いているからです。
このことを考えたのが、
フランスの社会学者
マルセル・モース
でした。
モースは世界各地の社会を研究する中で、
人と人のあいだで行われる
贈り物のやり取りが、
社会関係を作る重要な仕組みになっていることに
注目しました。
交換
モースは、人間社会には
二つのやり取りがあると考えました。
ひとつは交換です。
これは、
お金や契約によって成り立つやり取りです。
商品を買う。
給料をもらう。
こうした関係では、
価値はその場で清算されます。
たとえば
コンビニでおにぎりを買うとします。
レジでお金を払えば、
その場で商品を受け取ります。
そこで関係は終わります。
あとで店員さんに
「この前のおにぎりのお返しです」
と何かを持って行く人はいません。
支払った価値と
受け取った価値が
その場でつり合う関係を等価交換と呼びます。
ポリネシア社会の贈与
モースはポリネシア社会の研究をしていました。
交換に対してモースが注目したのが
もう一つのやり取り、
贈与でした。
贈与とは、
一見すると
見返りを求めない贈り物です。
しかしモースは、
そこには必ず
三つの義務があると指摘しました。
- 贈る義務
- 受け取る義務
- 返す義務
です。
贈与は、
単なる親切ではありません。
贈り物は、
人と人のあいだに
関係を生み出す
のです。
モースが見たもの
モースは世界各地の社会を研究していましたが、
そこでは
贈り物
宴会
財の分配
贈り合い
といった習慣が共通して見られました。
一見すると、
自由な贈り物のように見えます。
しかしよく観察すると、
人々は
贈らなければならない
受け取らなければならない
返さなければならない
という行動をとっていました。
つまり、
多くの社会で、
贈与は完全に自由ではない
のです。
贈り物は本来、自由なはずです。
契約でもありません。
法律でもありません。
それなのに、
なぜ人は
返さなければならない
と感じるのでしょうか。
この疑問から生まれたのが
モースの著書
『贈与論』
です。
贈与の意味
モースはこう考えました。
多くの社会では、
贈り物には
贈った人の力や気持ちが宿る
と。
モースが研究したポリネシア社会では、
この力をハウ(hau)と呼びます。
この考え方では、
贈り物を受け取るということは
贈った人の力を受け取る
ということになります。
贈り物を受け取ることは
その人との
関係を受け取ること
でもある。
贈り物は
ずっと自分のところに
とどまるべきではありません。
再び外へ送り返される必要があります。
と。
だから人は、
返さなければならないのです。
日本における贈与
モースの研究ではないですが、
日本文化で一番近い概念は恩です。
誰かから
- 助けてもらう
- 物をもらう
- 世話になる
と、
その人に対して
恩ができる
と考えます。
そして
恩
↓
恩返し
という発想が生まれます。
これは
贈る
受け取る
返す
というモースの贈与の構造と
かなり近いです。
もう一つ有名なのが
義理
です。
たとえば
- お中元
- お歳暮
- 結婚祝い
- 香典
- お土産
などです。
ここでは
返さないと気持ちが悪い
という感覚があります。
法律ではありません。
契約でもありません。
それでも
返すべきだと感じる。
これは
モースが説明した
贈与の義務
と非常によく似ています。
また、日本語には
いただく
という言葉があります。
単に「受け取る」という意味ではなく
相手の気持ちを受け取る
というニュアンスがあります。
つまり
贈り物は
物だけではなく気持ちも移動する
と考えられています。
これは
モースが説明した
贈り物に力が宿る
という考え方とかなり近いです。
交換だけの社会は成立するのか
モースが考えたことは、
当たり前すぎるかもしれませんが、
交換を踏まえた上で贈与を考えることで、
また疑問が生まれます。
もし社会が
等価交換
だけで成り立つとしたら、
どうなるでしょうか。
お祝いをもらったら、
その場で同じ金額を返す。
お土産をもらったら、
すぐに同じ値段のものを返す。
友人に助けてもらったら、
その場で同じ価値のことを返す。
もしそうなれば、
人間関係は
その場で終わる取引
になってしまいます。
しかし実際には、
そうではありません。
贈与では、
価値はすぐには清算されません。
時間をおいて別の形で返されます。
つまり贈与とは、
モノのやり取りというより、
人と人の関係を続ける仕組み
なのです。
レヴィ=ストロース
そして、
贈り物はモノの移動ではなく
関係の移動であるこの考え方は、
文化人類学者
クロード・レヴィ=ストロース
によって、
さらに発展させられます。
レヴィ=ストロースは、
モースの研究を手がかりに、
人間社会には
人と人の関係を作る
一定のパターン
があるのではないか
と考えました。
レヴィストロースは本当にたくさんの研究を行いました。
あらゆる構造を明らかにしてきました。
第8回「構造主義(導入)」 でもレヴィ=ストロースの研究に触れましたが、他にも様々な研究があります。
その代表的な例が
結婚
です。
現代の私たちは結婚を
個人同士の恋愛や
個人的な選択
として考えがちです。
しかし多くの社会では、
近い親族のあいだでは結婚できない
という規則があります。
そのため、
結婚は
家と家の関係を結ぶ制度
として存在してきました。
娘が別の家に嫁ぐことで
二つの家がつながり、
また別の家から
嫁がやってくる。
このようにして、
結婚を通して
家と家の関係が
広がっていきます。
レヴィ=ストロースは、
このような仕組みを
女性の交換
という言葉で説明しました。
もちろん、
女性を物のように扱う
という意味ではありません。
結婚という制度が
家と家、人と人を結びつける
社会関係の仕組み
として働いていることを
示した言葉なのです。
レヴィ=ストロースは、
こうした関係のパターンを
構造
と呼びました。
そして社会を理解するためには、
個人の心理や意志だけではなく、
この
関係の構造
を読み解くことが重要だと考えました。
構造と社会
結婚という制度の中では、
女性がモノのように扱われた
という歴史的な側面もあります。
こうした問題に対して、
権利を主張することは
当然のことです。
しかし、「なぜ歴史上、そのような制度が必要だったのか」という社会の構造を理解せずに表面的な批判だけをしても、問題の根本的な解決には繋がりません。
歴史の背後にある社会の構造(見えないルール)を理解してはじめて、
「では、これからどう変えていくべきか」という今の権利主張の本当の意味と強さが見えてくるのです。
次回予告:⑩構造主義(整理) ― シリーズを貫く「見えない構造」
今回は、贈与というシンプルな行為の中に、社会を動かす「見えないルール」が潜んでいることを見てきました。
第8回で構造主義の入り口を、今回⑨でその応用としての贈与論を扱いました。
次回⑩は、ここで一度立ち止まって、構造主義の整理を行います。
「構造」とは何だったのか?
私たちの何を、どう揺さぶったのか?
第3ステージ「見えない構造」を仕上げる、まとめの回です。
そしてその先には、構造主義そのものを問い直すポスト構造主義が待っています。
〜「背景知識」を知れば、評論文はもっと読める 〜








