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万葉集 解説 小学生用音読

小学生 音読見本




本日はひさしぶりに↓↓こちら↓↓の続きです。



小学生に↑こちら↑の内容で音読に取り組んでもらっておりますが、目的は言葉の感覚になれること。


内容の理解は2の次であります。


とはいえ、内容が気になる小学生もいる、あるいは、保護者の皆様の楽しみとして「プチ解説」のようなものを、ゆるゆる更新中です。




万葉集





中学~高校、国語でも社会でも何度も登場する万葉集に、小学生の間に少し慣れておきましょう笑



万葉集とは、7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された、現存する日本最古の歌集です。


7世紀後半といえば、西暦700年前後ですね!

全20巻からなり、約4500首の歌が収められています。作者層は天皇から農民まで幅広い階層に及び、詠み込まれた土地も東北から九州に至る日本各地に及びます。




日本最古のオムニバスCD?なのですから、何度も何度も登場してきます笑 小学生や中学生にオムニバスCDと言っても分かってもらえないかもしれないので、”First Take”とでも言っておきましょう。


バズってそうな和歌を集めたにすぎません。柿本人麻呂が「水曜日のカンパネラ」のようなもので「エジソン」がFirst takeを通してバズったように「東の野に~~~」が万葉集でバズり続けているのです。





本日は、音読してもらっている「歌」の現代語訳をぷち解説です。











春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香具山 【持統天皇】

現代語訳
春が過ぎて夏がやってきたようです。天の香具山に真っ白な衣が干してありますね。



持統天皇って誰?

女性。
天智天皇(中大兄皇子)の娘。
壬申の乱前後の天皇。
天武天皇(大海人皇子)の皇后


↑いや~中学生を悩ます人間関係笑 


国をまとめるための法律や家族の関係を表す戸籍、都(今でいう日本の首都)をつくった人物。


↑「藤原京」「大宝律令」暗記暗記笑


歌が詠まれた背景

この当時(飛鳥時代)の女性たちは白い布で作られた服を着て、田植えをしていた。田植えの時期は一般的に4月から6月に行われる。田植えを終えた女性たちの白い服が香具山に干されているのを見て、夏の訪れを感じられ、この和歌が作られたといわれている。


梅や桜の花を見て春の訪れを感じる気持ちで読めばよいのでしょうか笑


夏!!梅雨が明けた!!
青空!!晴天!!そんななか白い布!!

なんとなく美しい気がしてまいりました??笑




東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ【柿本人麻呂】

現代語訳
東の空には「曙の太陽の光」が差してくるのが見え、振り返って西を見ると月が西の空に沈んでいこうとしている。


=夜がほのぼのと明けはじめる頃。暁の終わり頃で、朝ぼらけに先立つ時間をさすという


柿本人麻呂って誰?
万葉集(和歌集)の代表的な歌人。現代でいうなれば、滝廉太郎?古いっ AI? 森山直太朗??

山部赤人とともに「歌聖」と称えられているようですから、どちらかというと「玉置浩二」なのでしょうか?

テキトーすぎる笑。

さっきは「水曜日のカンパネラ」とかいってたくせに。

ただただ、「玉置浩二」のほうが日本邦楽史に名を残しそうな気がするだけです笑


歌が詠まれた背景
草壁皇子は天皇になるはずであったが天皇になる前に亡くなってしまい、その子どもであった文武天皇が天皇となった。天皇になれずに亡くなった草壁天皇を「沈んでいく月」、父親の代わりに天皇になりこれから世を治めようとする活き活きした文武天皇の姿を「これから昇っていく太陽」とし、生と死を表現した和歌になっている。


いや~~~日本人っぽいですね。


日本人っぽい歌です。


昔からこういう歌が好きなんですね~




田児の浦ゆうち出でて見れば真白にそ不尽の高嶺に雪は降りける【山部赤人】

現代語訳
田児の浦を通って眺めの良い場所に出てみれば、頂きに真っ白な雪が降り積もった富士山が見えることだ。


山部赤人って誰?

奈良時代の歌人。万葉集に長歌13首、短歌37首残す。
柿本人麻呂とともに「歌聖」として称えられている。


歌が詠まれた背景
富士山の裾野は、田子の浦にある駿河湾の方までなだらかに広がっている。その大きな富士山の山頂は、雪で真っ白に染まっていて、海から見上げる山部赤人の目には、富士山がとても神秘的な山として映っていたことからこの和歌がつくられた。


なるほど。
富士山の美しさを歌っているようですが、当時の人からしたら「え~~~そんな表現できる?すごない?私には無理っ」といった感覚なんでしょうね。


ミスチルの「名もなき詩」を聞いて「いらだつような街並み」って「どんなんやね~~~ん」とか言ってる私たちであります。



あをによし寧楽の京師は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり【小野老】

現代語訳

青丹も美しい奈良(寧楽)の都は、咲きさかる花のかがやくように、今盛りである。


小野老
奈良時代の貴族であり、歌人として万葉集に歌を残している。


歌が詠まれた背景

「あをによし」とは、奈良を褒め称える言葉。

1300年前、奈良に宮が置かれ都として栄えていました。歌が詠まれたのは奈良に都が出来て20年ほどたった頃。


ここで出てくる「にほふ」とは、なにも「嗅ぐ匂い」ではなく、赤や黄や白が目に鮮やかに映えて見えるということをいっています。


色の鮮やかさを「におふ」と表現しているところに日本人の感性の豊かさが感じられますね。


遠い昔の都には花々が盛んに咲いていたのですね。しかし都は都でも現在の東京はまったく違った風景です。そう思うと、なんだかとても羨ましく思います。




銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも【山上憶良】

現代語訳

銀も金も宝石も、どうしてそれらより優れている子ども(という宝)に及ぶだろうか。いや及ぶまい。



山上憶良
飛鳥・奈良時代の役人、歌人、詩文家として活躍していた。多才すぎます。詩文家というのは「漢詩と漢文」を書く人のことです。儒教や仏教に傾倒していたことから、家族愛や貧困など人生や社会問題を題材とした思想性の強い歌を多く詠んでいるようです。



歌が詠まれた背景

金も銀も宝石もとても価値のあるものである。しかし、子どもという存在は、金や銀や宝石以上にとても価値のある宝物であるという親の子を思う深い愛情が込められた和歌です。


本当は、


「煩悩を解脱したはずの釈迦ですら、自分の子どもを愛する煩悩がある。まして私たちのような世間一般の人などは、我が子を愛するという煩悩を超えることなどできるはずがない。」「いったい子供というものは、どういった因縁によって私の子どもとして生まれてきたのであろうか。子どもたちの表情がしきりに目の前をちらついて眠ることさえ出来ない」


といった長い歌の後に「銀も金も宝石も、どうしてそれらより優れている子ども(という宝)に及ぶだろうか。いや及ぶはずがない」と続けているそうです。





(昔の?)仏教では、「愛しすぎること」は、悟りへの妨げとなるために「煩悩」のようなものだと捉えているところがあります。前半の長い歌の部分で「煩悩」が登場し、さらに「子どもが気になって夜寝れない」といった書き方が「煩悩」との闘いのように見えてしまいますが、


仏教に造詣の深い山上憶良は、たとえ煩悩のようなものであったとしても「それでも子は宝物」だと言い切っています。


親の子への愛とはそういうものらしいですよ。


小学生諸君笑





石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも【志貴皇子】

現代語訳
石の面を激しく流れ落ちる滝のほとりにわらびが芽を出している。いよいよ春になったのだなあ。


志貴皇子

飛鳥時代から奈良時代にかけて皇族。万葉集の代表的な歌人。


歌の背景
石の面を激しく流れ落ちる滝のほとりにわらびの芽が出ている様子から、春の訪れへの喜び・感動を歌にしている。



私は蕨の芽を見て春を感じたことはありません笑


ただ、言葉の解釈によってこの歌の読み方受け取り方が千差万別のようで、いまもなお、論争が続いているようです。論争の原因は、この歌が生まれた当時は「漢字」で書くことが一般的で、じつは「正確な読み方/発音」の仕方が分からないこともたたあるようです。


高校漢文を勉強しているとそういう部分に出会ったりします。確かに、「飛鳥/奈良時代」の話声を聞かないと、発音なんてわかりません。




磯城島の日本の国は言霊のたすくる国ぞま幸くありこそ【柿本人麻呂】

現代語訳
磯城島の日本の国は、言葉の霊力が物事をよい方向へと動かしてくれる国です。どうか私が言葉で申し上げることによって、どうぞその通り、無事でいてください。


柿本人麻呂って誰?
万葉集(和歌集)の代表的な歌人。現代でいうなれば、滝廉太郎?古いっ AI? 森山直太朗??

山部赤人とともに「歌聖」と称えられているようですから、どちらかというと「玉置浩二」なのでしょうか?

テキトーすぎる笑。

さっきは「水曜日のカンパネラ」とかいってたくせに。

ただただ、「玉置浩二」のほうが日本邦楽史に名を残しそうな気がするだけです笑



歌の背景
遣唐使を送り出すときの宴で詠まれたとされています。

日本という国は「言葉に霊力が潜んでいる国」であり、柿本人麻呂が遣唐使の海路の無事を祈り、「無事に帰ってくることができる」「私が言っているのだから間違いない」という想いが込められた和歌になっています。

なるほど。





君が行く道のながてを繰り畳ね焼き亡ぼさむ天の火もがも【狭野茅上娘子】

現代語訳

あなたが流刑で行く長い道のりを、手繰り寄せて折りたたんで焼き払ってしまえるような、そんな天の神の火がほしい。



狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)ってだれ?

奈良時代の下級女官であり、女流歌人。


歌の背景

後宮で働く下級女官だったらしい狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)の恋人が罪を犯して越前国(福井県)に流罪となり、別れを非常に悲しんでいた。別れが迫り、恋人の苦難と離別の苦しみをなくし、道を消滅させることで離別そのものをも拒絶したい願望が強く表された和歌でなっている。

道路を手繰り寄せて焼き払うなんて、、、よほどの強い想い。。。


うらうらに照れる春日に雲雀あがり【大伴家持】

現代語訳
うららかに春の日が照っていて、空高くひばりが上がっていく。一人で物思いにふけっているとなんとも悲しい気分になることだ。


大伴家持ってだれ?
奈良時代の貴族であり、歌人。官僚として、各地で仕事を持ちながら、歌人としても地位を確立していた人物である。


背景
うららかな春の日に、青空に高く舞い上がって楽し気にさえずるひばり、芽吹き成長していこうという木々や草花の息吹が感じられる明るい景色とは裏腹に、物悲しさを抱え、一人物思いにふけっている様子を表した和歌である。

春のウキウキする情景に、、、一体、何が物悲しいの笑?

この時代(奈良→平安)、藤原氏の力が強くなり、大伴氏の勢力はそれに負けて縮小の傾向にありました。戦争に強い一族としての伝統を誇る大伴氏、そのリーダーとして大伴家持の心は、藤原氏にまけてしまいそうなことで頭がいっぱいで、のどかで心が楽しくなるような光景を目にしても、一族衰退の悲しみが晴れなかったというのが一般的な解釈の模様です。

確かに、そういう気分の時はありますね笑





新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事【大伴家持】

現代語訳
新しい年の初め、初春の今日降る雪のように、良いこともたくさん積もれ。

歌の背景
この時代の元旦は、2月2日にあたる。また、この日が立春にも重なっていた。そして、歌にあるように、天気は雪だったよう。年が改まる、立春を迎えるということだけでもめでたいことであるのに、新年に雪が降るのは豊作のしるしとされ、めでたいことが重なる元旦であった様子を表された和歌である。


家持は万葉集4516首の最後にこの祝歌を載せ、万葉集20巻の集大成としたそうです。

なるほど

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